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東京高等裁判所 昭和27年(ツ)17号 判決 1956年9月08日

上告人 控訴人・被告 林友治 外二名

訴訟代理人 景山収

被上告人 被控訴人・原告 佐藤愛

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は、上告人等の負担とする。

理由

本件上告の理由は、別紙記載のとおりであつて、当裁判所は、これに対し、次のように判断する。

上告理由第一点について。

上告人は、罹災都市借地借家臨時処理法第十条の規定は、「借地権自体の登記はないが、借地上に登記済の建物を所有することによつて建物保護法に基き第三者に借地権を対抗できた時に」限りその適用を見るべきであると主張するが、同条は、これによつて保護を受けることができる借地権者を、広く「罹災建物が滅失し(中略)た当時から、引続き、その建物の敷地(中略)に借地権を有する者」と規定し、これを上告人の主張するような借地権を有する者に限定するについては、これを是認するに足る明文上の根拠は全然ない。一方当時わが国が際会した未曽有の事態のもとにおいて、空襲により一朝にして灰燼に帰する建物はその数を知らず、国力の疲弊またその極に達し、焼土上に直ちに建物を建築することを一般に期待するが如きことは、到底不可能であつた実情に鑑れば、同条の法意は、ひとり地上に有した登記した建物の滅失により、建物保護法第一条第一項所定の保護を失つた地上権者又は土地の賃借人にとどまらず、広く罹災建物の敷地について借地権を有した一般の罹災者について、法の局限する一定の期間を限り、「その借地権の登記及びその土地にある建物の登記がなくても、これを以て、(中略)その土地について権利を取得した第三者に対抗すること」を得さしめ、これらの人々が戦災によつて被る損失をできる限り少からしめようとするにあるものと解するを相当とする。けだし罹災当時建物に登記がなくても、若し戦災のため滅失しなかつたならば、これを登記することによつて、建物保護法による保護を受け得たかも知れないのに、その焼失と、差当つての再建の不能のため、その機会を当分の間奪われてしまつた人々の保護と、当時たまたま何等かの事由により、その建物について登記をしていた人々の保護とを、実質的に甚だしく差別することは、前述の非常事態のもとにあつては、却つて不合理のものと考えられるばかりでなく、その土地について権利を取得した第三者の側についてみても、すでに地上に罹災した建物の存在したことを知ることができる以上、当時戦災による登記簿そのものの滅失、登記所の一時閉鎖等のため、必ずしも登記簿の閲覧等が自由でなかつた実情を思いあわすれば、当時その建物について登記がなされていたかどうかによつて、実質上の差別をしなかつたとしてもそのことのために甚だしい不慮の不利益が生ずるものとは考えられない。

以上の理由により、同条の借地権を有する者のうちには、建物の罹災当時、その建物の登記の有無を問わないものと解するを相当とするから、原審が、本件罹災建物について、被上告人が登記をしていたかどうかを審理しなかつたとしても、上告人主張のような審理不尽、法律違背の違法はない。

上告理由第二点について。

原判決は、上告人富沢春太郎が本件土地について昭和二十年十月頃所有者である上告人林友治から賃借したことを確定するとともに、被上告人は、所論の昭和二十一年七月一日より前である昭和二十年七月十二日から施行された戦時罹災土地物件令第六条及び所論罹災都市借地借家臨時処理法第十条の規定により、その借地権を以て、上告人等に対抗することができるとしたものであることは、原判決の行文上明かであるから本論点は採用の限りでない。

上告理由第三点について。

上告人は、賃借権は債務者に対して行為、不行為を要求する権利に過ぎず、物権のように、第三者に対して妨害排除を要求することはできないから、本件のように被上告人が占有を喪い借地権の行使を停止され、賃貸人及び第三者において法律上本件土地を自由に使用し得た場合には、被上告人の借地権のみを以て直接に妨害の排除を求めることはできないと主張するが、罹災都市借地借家臨時処理法第十条にいわゆる「その土地について権利を取得した第三者」は、民法第六百五条が「爾後其不動産ニ付キ物権ヲ取得シタル者」と規定するに対し、何等そのような限定のないのに鑑れば、ひとり物権に限らず、ひろく賃借権等を取得した第三者をも含むものと解するを相当とし、またその「対抗することができる」とは、これと相容れない権利及び事実状態の存在を否定し、直接その権利の内容に適合する状態の実現を求める権能を含むものと解することが、先に述べた同法制定の趣旨に合致するものと解せられ、このことは、同法の適用を受ける借地権が物権であるかどうかによつて、差違を生ずるものとは解されない。

してみれば原審が、本件について、被上告人がその賃貸人である上告人林友治の所有権に基く妨害排除請求権を代位行使することなく、自からの機能に基き、上告人富沢春太郎、安藤七郎に対し、直接明渡を求めた本訴請求を認容したとしても、これを以て所論のような違法があるものとは解されない。本論旨もまたこれを採用しない。

本件上告理由は全部理由がないから、本件上告はこれを棄却すべきものとし、上告費用の負担について、民事訴訟法第九十五条、第八十九条を適用して、主文のように判決した。

(裁判長判事 内田護文 判事 原増司 判事 高井常太郎)

上告理由

一、原審は、上告人等の控訴に対し、昭和二十七年四月十二日控訴棄却の判決を言渡し其理由第二項中………「被控訴人の右賃借権は右建物の焼失当時に於て十七年余の存続期間があるもので、被控訴人は右建物焼失当時から引続き本件土地に賃借権を有するものと認定する事が出来る。そして被控訴人の右借地権は戦時罹災土地物権令第六条、罹災都市借地借家臨時処理法第十条によつて右建物焼失後本件土地につき権利を取得したものに対抗する事ができる。」同第三項「控訴人富沢春太郎が本件土地を昭和二十年十月頃所有者たる控訴人林友治より賃借した事は当審証人本多敏宏の証言によつて之を認める事が出来、同控訴人が本件土地上に木造杉皮茅平家一棟建坪約二十坪を建築し之を所有している事は当事者に争がない。」云々………と認定し、被控訴人の賃借権に基ずいて控訴人富沢春太郎に対する前記家屋を収去する事が出来ると判示している。けれども罹災都市借地借家臨時処理法第十条は借地権自体の登記はないが、借地上に登記済の建物を所有する事によつて、建物保護法に基ずき第三者に借地権を対抗出来た時に、借地権者が建物を罹災又は疎開によつて失つた結果この保護を受けられないことから招く不利益を解決する便法を講じたのであつて、旧借地借家処理法第七条及旧戦災土地物権令第六条と同趣旨であつて、同条は右二個の法令の精神を継ぎ戦災借地権者の有する借地権の対抗力について、対抗力に対する一般理論に例外を設け、対抗要件を備えなくても戦災借地権の地位が安定する事をはかつたものであると解すべきであると信ずるものである。然る処原審は被控訴人の主張する借地権の有無についてのみ判断し、被控訴人が戦災によつて焼失した家屋が果して被控訴人の所有であり登記済の建物であつたか否かの点については毫も審理する事なく、単に被控訴人が建物焼失当時から引続き本件土地に借地権を有するものと認定し、其借地権によつて直ちに建物焼失後である昭和二十年十月頃より借地権を取得して家屋を建築した控訴人富沢に対して当然対抗力あるとし之が収去を命じた原審判決は、この点に於て審理不尽、法律違背の裁判であると断ぜざるを得ない。

二、罹災都市借地借家臨時処理法第十条は罹災建物が滅失した当時から引続き其敷地につき借地権を有するものであつても、昭和二十一年七月一日より五ケ年以内に其土地について権利を取得した第三者に対抗する事が出来得るに過ぎない事は同条の規定によつて明であるから、前示原審判示の如く被控訴人が建物焼失当時から引続き本件土地につき借地権を有するものであつたとしても、控訴人富沢春太郎は本件土地に対し昭和二十一年七月一日以前たる昭和二十年十月頃に之が権利を取得した第三者であることは原審判示自体の認むる処であるから、右法条を適用して控訴人富沢に対し被控訴人の借地権に基ずき建物収去土地明渡を命じた原審判決は、法令違背の裁判なりと断ぜざるを得ない。

三、原審判決は理由第四項中「罹災都市借地借家臨時処理法第十条に謂う「対抗」の意義は、本件の様に占有を伴わない場合でも借地権者がその借地権に基ずき何等対抗出来る権限なくして其の行使を妨害するものに対して直接之が排除を求め得る事を包含するものと解すべきである、故に被控訴人は本件に於て直接其借地権に基ずき控訴人富沢及安藤に対して其妨害排除を求め得べく」云々と判示している。けれども賃借権が債権であり債権は債務者に対して行為不行為を要求する権利に過ぎないのであつて、物権の如く絶対権を有しない事は論議の余地ない処である。併しながら賃借権と雖も占有を伴う場合に於ては民法第百九十七条、二百一条の規定により直接妨害排際の要求権を有する事は勿論である。けれども本件の如く被控訴人が占有を離脱し借地権の行使を停止せられ賃貸人及第三者に於て法律上本件土地を自由に使用し得た場合に於ては、被控訴人の借地権のみを以つてしては其権利を主張する事は為し得ても、直接に妨害排除を求むる権利の無い事は理論上当然であるのに、原審は物権的効力を認むる裁判をしたのは右法理を誤解したものと謂わねばならぬ。

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